2023-24 STMダブル760K ②結果まとめ

第3回 OSJ特別戦 KOUMI100 2016 〜リタイアの真相 その④〜

第3回 OSJ特別戦 KOUMI100 2016 〜リタイアの相 その④〜


〜結果と概要〜
〜リタイアの真相 その①〜
〜リタイアの真相 その②〜
〜リタイアの真相 その③〜
からの続きです。

前回は3周目を走り終えたところまでをお伝えしました。すでに96kmを走り終えましたが疲労感は感じずむしろ快調そのもの。抑えながら走ったにも関わらず、ここまでの合計タイムは昨年とほぼ変わらないという状況。おまけに順位も6番手というのだから自分でも驚きです。

このままキープし続ければ上位が狙える!!

このような感情が沸き起こったのは自然なことかもしれません。やはり少しでも速くなりたいと思って今まで練習してきたのですから、こう思うことは何も悪いことでないですよね。むしろポジティブな考え方は100マイルのような超長距離レースでは必要不可欠なことです。自分自身を鼓舞することで驚くべき力が発揮されることがあるかもしれません。だからこのような気持ちを抱いた事を否定する気は全くありません。しかしレースが終わり、こうして記事を書いている今、この時のこの気持ちこそがリタイアへの引き金となり、自分の弱さが露わになった瞬間だったと解釈しています。

ん?

こう書くと読者の首が45度程傾くのが想像できます。そりゃそうですよね。通常『ポジティブな感情』が『リタイアへの引き金』になるとは考えられませんから。誤解して欲しくないのは別にヒネくれて言っているわけではありません。とはいえ自分でもこの事をどう説明すればいいのやら。今の段階でただひとつ言えることは、このポジティブな感情に隠された真意に全ての原因があったということです。


▶︎▶︎4周目 《7時間18分02秒 (昨年比 +25分49秒)》


3周目を走り終えると一目散に預けていた荷物を受け取りに行った。室内に入るとスタッフの方やサポートの方が拍手で迎え入れてくれた。ベンチに腰を下ろし、泥にまみれて元の色が分からなくなったシューズを脱いだ。そして濡れた靴下を脱ぎ、足裏にまでへばりついた泥を落とし、スポーツ用ワセリンを指の間に塗る。ここで初めて靴下を履き替えたが想像以上に足裏が綺麗だ。皮がふやけて破れたりしていない。これなら肉刺の心配もないだろう。シューズの中の泥や砂を丁寧に落とし、インソールも新しいものに変えた。そうすると7番手の選手が3周目を終えて室内へ入ってきた。外国人選手だ。手をあげて挨拶する。笑顔。まだまだ余裕がありそうだ。その外国人選手を横目に急いで新しいジェルや食糧をポケットに詰める。荷物を預け、蕎麦を食べていると8番手、9番手の選手が次々と室内へ入ってきた。その中にはNさんや顔を合わせたことのある選手がいる。皆必死に戦っている。でもここからが勝負だ。上位を狙うなら絶対に彼らには負けられない。

「とりあえずここからが勝負ですね。4周目さえ乗り切れば、5周目は這ってでも行けば完走間違いないですよ!お互い頑張りましょう!!」

これは4周目に突入する直前、自身がNさんへ言った言葉だ。今思うと身にしみる。少しでもリードしておこうと勢いよくスタートゲートを飛び出した。無理している感覚は無かった。自分でも不思議なくらい足が軽かったのを覚えている。もちろん100km近く走ってきた足だ。いくら軽いといっても飛ぶように走れるわけではない。ただ「走れる」という意味だ。でも100マイルのような超長距離レースでは「走れる」と「走れない」では雲泥の差がある。だから4周目をスタートした時、何の苦もなく「走れる」というのは自分でも驚きであり、(白状すると)この先の可能性に期待せずにはいれなかった。

林道へ入る。今までと同じように勾配の激しい登りは積極的に歩き、走れるところは走るよう心がける。林道の一番激しい登りにさしかかった。激しい重力が身体中にのしかかる。ここで初めて自分がかなり疲れていることを知った。この林道で2,3人のランナーを抜いたが彼らは3周目のランナーだろう。標高を稼ぐと、これまでの周回で必ず走ってきた比較的平坦な林道に出た。ここは走らなければ絶対に差を詰められる。さきほどの外国人選手の笑顔がふと頭に浮かんだ。彼なら絶対にここを走りきるだろう。背後を振り返るが真っ暗だ。気持ちばかりが焦り、なぜか足が思うように動かない。

なんとか林道を走り終え本沢エイドへ辿り着いた。ここからは舗装路の下りだ。思えばこの辺りから、勢いよく4周目を走り始めた時の快活さは嘘のように消えていた。林道の登りでそれほど無理したわけではない。まるでチェーンソーか何かで木をなぎ倒すように、さっきまでそこにあった体力が一気に失われたような感覚だった。そこに追い打ちをかけるように背後からヘッドライトが近づいてきた。やはりあの外国人選手だ。明らかに自分とは違う足取りで駆け下りていく。何とか食らいつこうと追いかけるが、いつの間にか彼の明るいヘッドライトは見えなくなった。

稲子湯エイドを過ぎ、トレイルへと入る。急登に苦戦していると、4周目出発時にNさんへ言った自分の言葉が反芻された。4周目さえ乗り切れば。この登りを頑張ればまだ可能性はある。しかし気持ちとは裏腹に身体が言うことを聞かない。3周目までよくこんな登りをひょいひょいと登れたものだ…。呼吸が浅くなりフラフラしてくる。もはや足だけではどうにもならなかったのだろう。手で木や岩をつかみながら登っていた(レース後、全ての指の皮が擦れて赤くなっていた)。それでも前方にヘッドライトの明かりが見え、徐々に近づいてくる。3周目を格闘しているランナーだ。座り込むランナーや足取りがおぼつかないランナー。皆それぞれが戦っている。彼らと声をかけあって何とかパワーへ変えようとするがこのペースで進み続けるだけしかできない。もうすぐ最高地点かというところで見覚えのある後ろ姿が。ミフィオだ。声をかける。「周回遅れにされたぁぁ!!」彼女の元気な声が真っ暗な山にこだまする。ウルトラなら負け知らずの彼女も初100マイル初KOUMIに苦戦しているようだ。「ライトを消して上を見てみ?」彼女の言葉通りにしてみると、思わず息を飲んだ。木々の間から満点の星空がのぞいていた。レース中におとずれた初めての静寂。その時間は永遠であり一瞬であった。ミフィオとエールを交わし4回目のピークを踏んだ。

3時間38分19秒 (3周目との差 +35分43秒)

これは3周目終了時から4周目の最高地点までの所要時間。数字で見ても今までよりガクッとペースが落ちているのが分かる。しかしここからは下りが中心だ。下りを2時間半でまとめられれば計6時間ほどで周回できたことになる。まだ十分挽回できるだろう。しかしそれは下りを快調に走れた場合だ。実際は驚くほど足が動かなかった。まずは足裏を襲う痺れ。着地で体重がかかるとジーンとした痺れが足裏に広がる。これは昨年も4周目の下りで発生した。全く同じところで。1年経っても進歩のない自分に苛立ちを覚えた。足が思うように動かないので足場の悪い下りが一層困難になりうまく進まない。ここで下りの速いランナーに抜かれた。

何とかトレイルを脱出して舗装路に出た。相変わらず真っ白なガスに覆われている。ヘッドライトの白い光がそのガスに反射して何も見えない。ガードレールにある反射板を頼りに進む。ここで初めてリタイアという文字が頭をよぎった。昨年のKOUMIから1年間様々な長距離走の経験をしてきた。ロングトレイルや100km超のレース、それに24時間走。にも関わらずこのザマだ。こんな考え方が辺りを覆う白いガスのように頭の中を埋め尽くす。すると、それまで必死に身体を支え続けてきたメンタルが徐々に崩壊をし始めた。

稲子湯エイドに戻ってくるもエイドの方と話す余裕が無いほど疲れ切っていた。ここで自分の身体が冷え切っていたことに気づく。パチパチと音を立てる焚き火の前でザックに入っていた防寒着を急いで着込んだ。


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もしレース中に1度だけ時間が戻せるとしたら、自分は4周目のこの瞬間を迷わず選択するだろう。この時は身体はボロボロでもまだ『ポジティブな気持ち』が心の奥底でわずかに燃えていたはずだ。全てが終わった今となっては何を言っても無駄なのは承知だが、風前の灯火となったその気持ちを何としても守るべきだったと思う。しかし実際はそれを守りきれなかった。なぜか。『ポジティブな気持ち』というのは名ばかりで、その中身は慢心だったからだ。




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